千利休、陰陽師!?

こんにちは、トレーナーの伊藤道生です。

今日は過ごしやすい気温とお天気ですね。

今年も残すところ2カ月弱となりました。

今年中にやろうと思って、やり残していることはありませんか?

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さて今日ですが、前々回に日本の戦国時代と陰陽五行について書きましたが、その時、豊臣秀吉が陰陽道を活用して世の中を治めようとしていた節があるといいました。今日はそのことについて、少し詳しく書いてみたいと思います。

 

秀吉は天下人となったとき、都市改造を行う際、『平安京』を意識していたそうです。

平安時代は、怨霊や悪霊など、目に見えない存在がまだ信じられていて、陰陽師の活躍の場が多く存在した時代です。

秀吉は、百姓から天下人へと上り詰めた人物、実力もさることながら『運』もかなりのものだったでしょう。

そんな目に見えない『運』というものの存在は、秀吉にとってとても無視できないものだったと思います。

そんな秀吉が、都市改造のため平安京のことについて色々と調べ、平安時代の目に見えない存在に対して力を発揮した『陰陽師』に興味を持ったとしても、なんら不思議ではないと思います。

『自分も陰陽師を近くに置いて、政(まつりごと)をしよう』と考えたかもしれません。

そこで白羽の矢が立ったのが、『千利休』です。

 

秀吉は『晴明神社』の境内に屋敷を作って、利休に与えています。

晴明神社は、平安時代に活躍した陰陽師『安倍晴明』が亡くなったとき、一条天皇が建立した神社です。

利休にしてみれば、天下人・秀吉の命令に逆らうことはできなかったと思うので、そこに住み、陰陽道についても勉強したのだと思います。

その一端として、利休が完成させた『侘び茶』に、陰陽道の基本とされる『陰陽五行』を見ることができるからです。

侘び茶にに使われる、茶筅(木)、炉(火・土)、窯(金)、そして茶をたてる水(水)というように、五行がすべてに反映されているそうです。

 

もし利休が陰陽師だったとしたら、秀吉がしばしば利休の屋敷を訪れたことにも納得できます。この場所で秀吉は、利休に政策についてのアドバイスをもらっていたのではないでしょうか?また、他の大勢の大名たちも利休の元を訪ねたというエピソードも理解できます。戦国武将たちが、戦の経験もない利休に相談をするというのは考えずらいですが、陰陽道によるアドバイスが目的だったとすると腑に落ちます。

 

如何でしょうか?

ちょっとロマンを感じませんか!?

 

 

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